職務経歴を振り返る

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はじめに

はじめまして、yoshikiといいます。僕の職務経歴書はこちらにあるので良かったら眺めてみてください。

最初の会社

正直最初のトリオなんとかシステムズという会社にいたのだが、今はあまり居た記憶がなくてなにやら悲しい。大学生のときに内定が出ていないときに慌てて東京に行って受けた会社で結構しどろもどろな回答をした結果、謎に受かったので闇が見えた会社だった。

内定後もかなり入社を迷った会社だったけど、他に内定もなかったし、自分の学生のスキルも大したことなかったから仕方なく受けたのだから仕方がないとりあえず入社した。

入社してからはよくわからない岐阜の山奥の民家で1ヶ月間閉じ込められてRubyの研修をしたのを覚えている。未だに食費1日500円取られて初任給で500x30日x3食=45,000+もろもろ=90,000円引かれていたのは許されないと思う。確か初任給7万円もなかった気がする。受け取る前に初任給のありがたいお話があったからなおさらヤバい出来事だったなあと思う。

その後は某SFの開発をさせられ、よくわからないWebエディターでプログラムを書いていた記憶がある。そのときの思いとしてはこれ以上ここに居てもスクラッチ的な技術力はつかないし、DBも触らないし何者にもなれないと思って転職を決意した気がする。とりあえずSalesforce考えた人天才だなとは思ったけど、新人には毒のありすぎる現場だった記憶がある。

とりあえずこの会社で得たことはSESという商流と全国規模?の友達ができること。この仲間たちと蒲田の安い中華料理屋で1枚100円の餃子を20枚頼んだことは未だに忘れない。。

2社目のぷちベンチャー会社

規模的には200人も居ない2拠点ある小規模のベンチャー企業だったけど、ここの会社が自分の人生を変えてくれた気がする。Gitすら使ったことがないペーペーだったけど、なんとか受け入れてくれて、自分の出来ることを大幅に増やしてくれた会社だった。

このときはiOSだろうと、Android, Java, Kotlin, Vueと色んなことに挑戦させてくれた。たしか .NETとかもやった気がするし、なんだったらIT講師として登壇したこともあった。50代とかになったらIT講師は選択肢としてはありなんだろうか。。。🤔

あとパデルとか未知のスポーツにハマったきっかけの会社だった。一度大会に出てみたりすると高校生の時とかの情熱を思い出したりするよね。また大会出たいなぁ。

あとこの会社の人達はみんな頭のネジが外れている人が多くて自分は普通なんだと認識した。つまり自分の意志みたいなのを持っている人が多くて、みんな尊敬している。

勤めて2年位経って周りの人もなぜかやめていった頃、自分も働いていて面白みが欠けてきた頃に辞めようかなと思い始めていた。特にやりたい技術があっても半年我慢してもできない可能性のほうが大きかったりするし(どこの会社でも大半はそうだけど。。)、技術的挑戦ができる会社で働きたいとか思っていた。

最初の会社をやめるときはなんとも思わなかったのに最終退社日に泣きそうになったのを思い出す。なんだかんだ人情溢れていて良い会社だった。

次の一手として、若いうちにフリーランス&とりあえずやってみたいと思っていた(自分の技術的価値の確認の意味もある)。 あとは今の状態で転職しても良い会社ではなかった場合に傷になる可能性が大きいと思ったというのもある。

とりあえずフリーランスについて色々な情報を調べ始めた。あの頃は3社くらいのフリーランスを紹介してくれる会社に行って相談を何回もした気がする。

フリーランスをやってみる

確か25歳くらいでフリーランスになって2年間で3社くらい経験した。 感想としては1人SESでちゃっかり(まともに働けば)稼げる楽しいお仕事って感じだった。とりあえず自分の上長がいないし、その仕事を続けるも続けないも全ては自分次第だったので正直性分にはものすごくあっていた。特にスキルさえあれば週4での契約もできるし、休みを長期的にとっても許されたし悪いところはない気がする。

というか別のフリーランスにちゃらんぽらんな人が多すぎる気がする。入っても1ヶ月で連絡不能になるし、セクハラまがいのことをして退場になるし、やはり僕は普通の人間だった(褒め言葉)。

フリーランスの欠点は相談者とか同僚的存在が居ないことに思う。相談者は常に自分だし、いたとしても利害関係の少ない友人とかだから親身になってくれる人を見つけるのに苦労しそうという感覚🤔 このときはリモートワークなにそれという時代だったので地元で働いていればこの点は解消できそう..

とりあえずフリーランスでわらしべ長者的にスキルをつけておくのは100年時代的に損はないと思う。ただ人によっては逃げ癖がつくのでその点を気をつけたほうが良いと思う。

特にこのフリーランス時代にマイクロサービスなアーキテクチャで開発をできたのは最大限に楽しい開発体験だった。同時進行的に別のAPIが生えてくるし、DDD的にAPIが存在するのでいかにデータを取れるか、維持できるかを考えて開発してたり、OAuth認証のサーバ立てたり、Web上で仰々しいメカを3DモデルをWebSocketをつなげてリアルタイムで動かしたり、自分のスキル的にオーバースペックだったけど、限界を超えれた気がする。

現在の会社

紆余曲折を経てなんだかんだ今のR社に入れた。最初の頃に比べたらこの会社に入れるとは到底思わなかったのでIT人生何があるかわからないなぁと思う今日この頃。

この会社の強いところは強い専門知識を持った強者がうようよいて、ちょっと聞いたら知ってる人がいるという点。あとはやりたいことがあれば手を上げれば大抵は実現できること。あとは日本人が多いので誰かが引っ張るリーダー的な人は比較的少ない。 残念なところとしてはリモートワークに対しては後ろ向きでFace to Faceなコミュニケーションが第一と考えていることがだいぶ痛いところではある。

あとは技術的に強いかどうかとかは部署とかサービスレベルで違うので、そこはYahooでもGMOだろうと配属された部署の技術構成が古いと不満に思うこともあるかもしれない。

今この会社で勉強している言語は、英語という自然言語を勉強している。一番難しいかもしれない。。。

とりあえず何かしら成果を上げるまでは勤め続けます。

#ポエム#経歴書
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Yoshiki Ohashi
2x歳の個人事業主エンジニア。SI企業1年, Webベンチャー企業2年で上流から下流の経験を経て独立。 エンジニアらしく性格は温和。プロジェクトチームに心理的安全性を求める。go gin | Spring | Java | Kotlin | Vue | Python | 筋トレ | キャンプ | 個人開発 | 新潟出身

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